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2012年08月08日 (水) | Edit |
バッチフラワーレメディの生みの親【エドワード・バッチ博士】のことについて、栄太郎なりにサラっと書きます。

この理知的で優しい瞳の持ち主がエドワード・バッチ博士です(*´∀`*)
DREDWARD.jpg


【エドワード・バッチ博士の略歴】
1886年 イギリス・ウォリックシャー州バーミンガム郊外のモスレー村に3人兄妹の長男として生まれる。
病弱(成長するにつれ健康に)&超絶自然LOVE&苦しむ生き物への同情満載少年だった。

1906年 医学を志し、バーミンガム大学に入学。

1912年 外科医と内科医の学位取得、医師として働き始める。

1913年 医学士と理学士の学位取得。

1914年 開業医の免許取得。
多くの治療を通して、病気の治療は体よりも性格の方がより重要であるという考えに至るバッチ博士。
患者をよく観察し話を聞いてくれる良い医者だったと思われる。

この時バッチ博士、他の治療法を探し出す過程で細菌学者となる。
腸内細菌バンザイ\(^o^)/
研究の末、腸内バクテリアからワクチン作成の成功。
慢性病の治療に革命的な成果。


1914年 第一次世界大戦(~1918年)勃発。

1917年 胃がんにより倒れる、余命3ヶ月宣言されるほど。
この命、燃え尽きるまで!と病気のことをすっかり忘れるほど研究に没頭する。

その結果……余命3ヶ月宣言取り消し。
のめり込むほどの強い興味を持つことは最強説を打ち出す。


1919年 王立ロンドン・ホメオパシー病院に勤務。
ホメオパシーの創設者ハーネマンの著書との出会いがバッチ博士の大きな転機となる。

1928年 ウェールズで初めて2種類のフラワーレメディを発見。

1930年 全部捨てたバッチ博士! 
研究に専念する為、地位も名誉も捨てて4年間にも及ぶ長い放浪の旅に出る。
その間、17種類のレメディを発見。

*ロンドンを発ってから死ぬまでの間、患者から一銭のお金も請求せず、皆に等しく救いの手を差し伸べるバッチ博士!
「バッチは持っている以上のものを人に与える」といわれたほど!

でも、そんなバッチ博士だったので、助けをありがたく思う患者たちと理解ある友人たちから寄付や贈物のおかげで、研究継続ができた。
何て人徳!


1934年 オックスフォード郊外のマウントバーノンに移住。更に研究を進め、19種類のレメディを発見。

1935年 少年の頃から夢見た副作用がない、理想の治療法であるバッチフラワーを完成させる。

1936年 この世で自分が成し得ることをやり遂げたバッチ博士は永遠の眠りにつく(享年50)。



バッチ博士がこの世を去ってからは、バッチ博士と共に働いた人々がバッチ博士の意志を引き継ぎ、バッチフラワーレメディの知識を広めると共に、その純粋さを保ってきました。

BACHCOT1.jpg

現在もバッチセンターがその役割を果たしています。

私も微力ながらバッチ博士のフラワーレメディを世の中に広めて、苦しみを取り去ることに助力できたら幸いです。


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